世界遺産「イスタンブール歴史地域」の登録物件はこの旧市街、金角湾に突き出した底辺6km、高さ7kmほどの三角形状の半島に集中している。 よく写真で見かけるのは、尖塔に囲まれた丸い屋根の建物。尖塔をミナレット、丸屋根式の建築をビザンツ式、建物をジャミィ(寺院)というが、有名なジャミィはほとんど旧市街にある。 ヒエラポリス・パムッカレはイスタンブールの南にあるデニズリ県にある世界遺産。 パムッカレといえば白と水色の美しい景色が世界でも有名なので、知っている人も多いと思います。 実はそれだけではなく、前2世紀にできた、古代ローマ都市ヒエラポリスの遺跡も見どころのひとつなのです。 この世界遺産の見どころは「白と水色の石灰棚」と「遺跡」の2つです。 それほど観光に時間がかかる場所でもないので日帰りでも良いと思います。 ©世界遺産オンラインガイド 2020. トルコ・イスタンブールの旧市街は「イスタンブール歴史地区」として1985年に世界遺産に登録されています。, 遺跡公園地区、スレイマニエ・モスクと付属保護地区、ゼイレク・モスクと付属保護地区、大城壁地区の4つから成っています。今回は世界一周を通して印象に残った歴史的建造物を中心に、エリア別に分けて10ヵ所の世界遺産を紹介します。ぜひイスタンブール観光の参考にしてください!, ※新型コロナウイルスの影響により、営業時間が異なる場合があります。訪問の際は公式ホームページなどで営業時間を確認してください。, 1400年代に建てられた宮殿。ドルマバフチェ宮殿が建てられるまで王宮として利用されていました。現在は博物館として利用されており、預言者ムハンマドの剣のほか、スプーン屋のダイヤモンド(86カラット)、トプカプの短剣などが展示されています。特にダイヤや世界最大のエメラルドなど豪華な宝飾品が見所になります。, 300年代に建設された教会が起源。焼失などを経て500年代にビザンツ様式の大聖堂として再建され、ギリシャ正教の総本山として信仰されていました。その後、オスマン帝国時代にモスクへと転用され、改築などが繰り返され現在のような姿になっています。なお、「キリストと皇帝コンスタンティノス9世、皇后ゾエ」などビザンツ帝国時代のモザイク画や巨大なドームなどが見所になります。, 1609年~1616年にかけて建設されたモスク。ブルーモスクとして知られ、世界で最も美しいモスクとの評価もあります。観光客が入場可能な時刻は入口の表に記載されており、入場の際は服装や荷物をチェックを受けて、靴を脱いで内部に入ることになります。, 壁、天井装飾の美しさはイスタンブールNo.1。観光客が多く並んでいますが、裏を返せばそれだけ入りやすいということ。そのため、初めて拝観するモスクとしておすすめします。なお、筆者は中東、東南アジアで多くのモスクを訪問しましたが、そのなかでこちらのブルーモスクが一番きれいでした。なお、ページ上部のドーム天井はブルーモスクのものになります。, ビュザンティオン時代から競馬場などがあり、東ローマ帝国時代には競馬や戦車競走が開催されていた場所。アト・メイダヌなどとも呼ばれています。また、皇帝の即位式や凱旋式、野生動物と戦うショー、公開処刑場などとしても利用されていました。こちらの広場では3本のオベリスクなどが見所になります。, 東ローマ帝国時代の6世紀に建設された貯水池。台座として使用されているメデューサの頭部像などが見所。宮殿内の貯水池には魚が泳いでいます。なお、宮殿内は写真より暗く、特にメデューサ像付近の床は濡れていてすべりやすいので注意してください。, 1550~1557年に建設された古典的なオスマン建築のモスク。オスマン帝国の第10代皇帝スレイマン1世(Kanuni Sultan Süleyman I)の命によって建設されました。1660年の火災や1766年の地震、第一次世界大戦中の火災などに見舞われ、その都度修復が繰り返されています。, 1100年代前半に建設された修道院が起源(写真右)。東ローマ帝国コムネノス王朝の第2代皇帝ヨハネス2世コムネノスの皇后エイレーネーによって建造されました。現存するビザンチン時代の修道院では最古のもの。コンスタンティノープル陥落後はモスクとして転用されました。, 368年に完成したローマ帝国時代の水道橋。第14代ローマ皇帝ハドリアヌス(76~138年)の時代にはすでに建設が開始されていました。地下宮殿などに水を供給していたほか、オスマン帝国時代にも修復されながら使用されていた歴史を持っています。, 413年に完成した城壁。東ローマ帝国時代のものとして貴重な遺跡になります。城壁の名前は、東ローマ帝国テオドシウス朝の第2代皇帝テオドシウス2世の統治中に建設されたことが由来になっています。, 437、447年の地震で壁の大部分が壊れたほか、その後も地震や洪水などの被害を受けました。その都度修復されていましたが、コンスタンティノープル陥落後は荒廃していきました。, 5世紀に建設された修道院が起源。オスマン帝国時代にモスクとして転用されました。14世紀頃に描かれたモザイクやフレスコ画は漆喰で塗りつぶされていたため、モスクに転用された際に破壊を免れています。なお、現在は博物館として利用されています。, イスタンブールは、ローマ帝国時代、オスマン帝国時代など様々な歴史の移り変わりを感じることができる世界的にも珍しい場所です。, 上記以外にも、街を歩けばローマ時代の城壁の名残、中世に建設されたモスクなどがあります。特にモスクは無料で入れるところが多いので、礼拝者の邪魔にならないように静かに見学させてもらいましょう。また、写真などを撮らせてもらった際には、気持ち程度の寄付をする心掛けも大事になります。, イスタンブールは訪れて心から良かったと思える場所であったため、テロ事件の発生や政治情勢の不安定化が残念でなりません。観光を予定している人は、外務省などの最新の治安情報を確認し、身の安全に努めてください。, 開館時間:9:00~18:45(夏期)、9:00~16:45(冬期)※火曜日は休館, 開館時間:9:00~19:00(夏期)、9:00~17:00(冬期)※月曜日は休館, 開館時間:9:00~19:00(夏期)、9:00~17:00(冬期)※水曜日は休館, トルコ最大の都市「イスタンブール」は冬場の降水量に要注意だった?気になる平均気温、降水量とは?日の出、日の入り時刻、最適な服装を表で分かりやすく紹介。夏場の服装で注意すべき点は?ベストシーズンも掲載。旅行計画中の方は必見です!, トルコ・イスタンブールのおすすめ観光地を厳選!絶対に見逃せない美しい夕日が見れる橋とは?ニューモスクの内部はきれいなの?イスタンブールで最も古いモスクって?金閣湾の景色を一望できる穴場スポットも紹介。旅行計画中の方は必見です!, 世界一周で巡ったトルコ最大の都市「イスタンブール」の写真を大公開!「イスタンブール歴史地区」として世界遺産に登録されている旧市街の街並みが見所。トプカプ宮殿やブルーモスク、地下宮殿に加え、新市街、アジア側の写真も掲載!, イスタンブール旧市街の買い物スポットを厳選して紹介!チャイ(お茶)関連商品を買うならどこがおすすめ?アクセサリー系ショップが多いお土産店街とは?グランドバザールやスパイスバザールなど定番スポットもしっかりカバーしています!, トルコ最大の都市「イスタンブール」を紹介!テロ以外に観光客が注意すべきことは?気温や降水量からみるベストシーズンとは?気になる名物サバサンドの価格やホテル代の目安も掲載。治安や物価など8項目を独自に評価!, トルコ最大の都市「イスタンブール」でブランド店巡りをしませんか?新市街「アブディ・イペクチ通り」にブティックを構えるブランド一覧は?高級時計ブランドが集結する5つ星ホテルがあった?!新市街のブランド店街に向かう際の注意点も紹介しています!. イスタンブール歴史地域[1]は、トルコ最大の都市イスタンブールの旧市街にある歴史的建造物群に設定されたユネスコの世界遺産リスト登録物件(文化遺産)。日本では「イスタンブール(の)歴史地区」[2]などとも表記される。, イスタンブール歴史地域は、4世紀以来東ローマ帝国の帝都コンスタンティノポリス(英語名コンスタンティノープル)が、15世紀からはオスマン帝国の帝都イスタンブール(別名コスタンティニエ)が位置した、現在のイスタンブールの旧市街地区に設定されている。, この町はアジア州のアナトリア半島とヨーロッパ州のバルカン半島を隔てるボスポラス海峡のヨーロッパ側にある半島に位置し、海峡を抜けて北に出れば黒海、南に抜ければエーゲ海に至る海上交通の要衝でもある。, 紀元前7世紀頃、このイスタンブール旧市街地区に最初の都市をつくったのはギリシャ人入植者たちで、彼らの建てたビュザンティオンは旧市街のある半島の先端にあった。最古の城壁は、遺跡公園地区の北部、現在のトプカプ宮殿の城壁にアヤソフィアのあたりを加えた程度の広さしかなかった。古代ギリシアが古代ローマに組み込まれるとビュザンティオンもローマ都市となり、3世紀には城壁のすぐ側にヒッポドローム(競馬場)が建設された。, 330年、ローマ帝国のコンスタンティヌス1世はローマに代わる首都としてビュザンティオンを選び、コンスタンティノポリスと改名。従来の城壁の2km西にコンスタンティヌスの城壁が築かれ、市域を大幅に拡張してローマに匹敵する大都市を建設した。, 同じ世紀の末にはローマ帝国の東西分裂によって東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の首都となり、ヴァレンス水道橋(378年完成)やハギア・ソフィア大聖堂(537年竣工)などの、現存する優れた建造物が次々に建設された。413年にはテオドシウスの城壁が完成、市域をコンスタンティヌスの城壁からさらに西に2km伸ばし、堅固な城壁と海によって囲まれ、壮麗な宮殿と数百にも及ぶ教会が立ち並ぶ大都市コンスタンティノポリスが完成する。その人口は東ローマ帝国の盛衰にともなって上下するが、大城壁の堅い守りによって、1204年の十字軍による攻略まで外敵による占領を受けることはなかった。, 1453年のコンスタンティノポリス陥落によって東ローマ帝国が最終的に滅ぶと、新たな支配者であるオスマン帝国は、ハギア・ソフィア大聖堂やパントクラトール修道院付属教会、城壁近くのコーラ修道院などのキリスト教の教会をモスクに転用した。このとき、モザイクの壁画は漆喰に塗りこめられたので、かえって20世紀に漆喰がはがされるまで無事に保存されることになる。, また、古代ビュザンティオン市の跡地にトプカプ宮殿が造営され、16世紀にはビザンティン建築の精華を十分に吸収したムスリム(イスラム教徒)の建築家ミマール・スィナンによってスレイマニエ・モスクなど、すぐれたトルコ・イスラム建築が建てられた。17世紀にはハギア・ソフィア大聖堂あらためアヤソフィア・モスクと並ぶようにスルタンアフメト・モスク(通称ブルー・モスク)が建設されるなど、モスクのミナレットと大ドームが林立するイスタンブール歴史地域の美しい景観がはぐくまれていった。, イスタンブールはオスマン帝国の繁栄のもと都市化が進み、市街地は城壁や海を越えて広がっていった。古くからの市街は19世紀以降、人口稠密な旧市街地区となっていき、政府機能も市街の外に離れる。, しかし、かつての宮殿やモスクはよく保存され、20世紀に成立したトルコ共和国のもとで保存と修復、公開が行われている。トルコは1923年から始めた旧市街整備の際には、旧市街に幹線道路を通して文化財の損壊を招いたこともあったが、その後の整備はそうした反省に立って行われている[3]。, 現在では世界中から旅行者を引き寄せる大観光地となり、旧刑務所をホテル、旧病院を高級レストランに転用するなど、一部の歴史的建造物の活用も行われている[3]。, トルコは1972年のユネスコ総会で採択された世界遺産条約を1982年に批准、翌1983年に官報に掲載して発効した。, トルコは自国からの第1号の世界遺産候補として文化遺産の「イスタンブール歴史地域」と「ディヴリーイの大モスクと病院」、複合遺産の「ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩窟群」の3物件を推薦し、いずれも1985年の第9回世界遺産委員会で世界遺産リストに登録された。, この世界遺産は世界遺産登録基準のうち、以下の条件を満たし、登録された(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。, 紀元前7世紀以来の歴史的都市であるイスタンブール旧市街の歴史地区は、537年に竣工し1500年近くにわたって災害や戦乱による破壊を免れてきたアヤソフィアをはじめとする歴史的建造物を現在に伝えている。また、古代ギリシア、古代ローマ、ビザンティン文化の遺産と、トルコ・イスラム文明の精華が積み重なり、ミマール・スィナンをはじめとする多文化に属する優れた建築家たちの作品が含まれている。, 「イスタンブール歴史地域」は登録名の areas / zones が複数形になっている通り、以下の4つの保護地区から成り立っている。, 座標: 北緯41度00分30秒 東経28度58分48秒 / 北緯41.00847度 東経28.97993度 / 41.00847; 28.97993, 国土庁計画・調整局 監修 『歴史と風土とまちづくり 世界遺産と地域』ぎょうせい、1998年 ;石井昭ほか 『世界遺産を旅する(10)』近畿日本ツーリスト、1999年 ほか, 国土庁計画・調整局 監修 『歴史と風土とまちづくり 世界遺産と地域』ぎょうせい、1998年, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=イスタンブール歴史地域&oldid=76127755, (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。, (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。, (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。, イスタンブール市エミノニュ区スルタンアフメト地区、旧ビュザンティオン市のあったトプカプ宮殿の丘を中心に設定された地区。もっとも多くの建造物が集中している。, エミノニュ区ベヤズト地区の丘の上にあるスレイマニエ・モスクを中心に設定された地区。, ヴァレンス水道橋そばのゼイレク・モスクを中心に設定された地区。ファーティフ区のウンカパヌ地区にあたり、スレイマニエ・モスクの丘からみて谷間を挟んだ西にあたる。, 5世紀初頭にテオドシウス帝によって建設された大城壁に沿って旧市街の外周に設定された地区。. イスタンブール歴史地域 は、トルコ最大の都市イスタンブールの旧市街にある歴史的建造物群に設定されたユネスコの世界遺産リスト登録物件(文化遺産)。日本では「イスタンブール(の)歴史地区」 などとも表記される。 All Rights Reserved. photo credit: across the water via photopin (license), 「イスタンブルの歴史地区」はヨーロッパとアジアの接点に位置するトルコにある世界遺産で、ローマ帝国、ビザンツ帝国、オスマン帝国と、3つの帝国の首都として繁栄した歴史が色濃く残っています。アジアとヨーロッパを分けるボスポラス海峡をまたぐイスタンブルですが、旧市街は海峡の西岸(ヨーロッパ側)で、, の4つの保護地区が世界遺産に指定されています。ビザンツ建築の最高傑作アヤソフィア、世界で最も美しいモスクともいわれるブルー・モスク、オスマン帝国の栄華を感じるトプカプ宮殿などの建築は必見です。, アヤソフィアはビザンツ建築の最高傑作と言われているビザンチン様式の教会堂建築。東ローマ帝国(ビザンツ帝国)時代に正統派キリスト教の大聖堂として建設され、その後は教会・大聖堂・モスクとして使われ、現在は博物館として使われています。, photo credit: The Harem in the Topkapı Palace – 6 via photopin (license), トプカプ宮殿は、北は金角湾、東にボスポラス海峡、そして南にマルマラ海と三方向に囲まれた小高い丘に建っています。メフメト2世によって15世紀半ばに建造された宮殿は、オスマン帝国の繁栄のシンボルとされてきました。 トプカプとは「大砲の門」を意味し、ボスポラス海峡側に大砲があったことから、その名がついたとされています。, 1616年、アメフト1世の命により建造されたスルタン・アフメト・ジャミィは、ブルー・モスクという名で広く知られています。ジャミィとは、トルコ語でモスクを意味します。ブルー・モスクという愛称は、壁、天井、柱などを覆うイズニックタイルの青の美しさから、その名が呼ばれるようになりました。, オスマン帝国に最盛期をもたらしたスレイマン1世の命により、1557年に完成したスレイマニエ・モスク。オスマン建築の代表作といわれおり、帝国随一の建築家ミマル・スィナンによって建設されました。 スレイマン1世のモスク建設にかける情熱は並々ならぬものがあったといいます。, イスタンブル地下宮殿ことバシリカ・シスタンは、4世紀にコンスタンティヌス帝の命でつくられた地下貯水池。ビザンツ帝国時代には、多数の地下貯水池がつくられたといいますが、この地下宮殿が最大規模でした。, photo credit: Tutmosis and Walled obelisks via photopin (license), アト・メイダヌはトルコ語で「馬の広場」という意味です。ヒッポドロームとも呼ばれますが、これはギリシャ語で馬を指す「hippo」と道を指す「dromes」が合わさり、このように呼ばれるようになりました。競馬場という意味になります。, photo credit: 11513 via photopin (license), カーリエ博物館はトルコのイスタンブルにあり、テオドシウスの城壁のエディルネ門の近くにあります。カーリエ博物館の母体となる建物は、11世紀ごろに建てられたもので、コーラ修道院付属ソーテール(救世主)聖堂と呼ばれていました。, photo credit: Turkey-03157 via photopin (license), テオドシウスの城壁はトルコのイスタンブルにあり、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)時代から伝わる大城壁。テオドシウスの城壁は、5世紀初頭に、東ローマ帝国皇帝テオドシウス2世によって建設されました。コンスタンティノープルは北・東・南を金角湾とマルマラ海に囲まれており、唯一陸側から攻め込まれる可能性のあった西側を防衛する必要があったのです。, 1985年登録の世界遺産 イスラム教 キリスト教 モスク 塔 大聖堂 宮殿 広場 教会トルコ 世界文化遺産 中東. 「イスタンブルの歴史地区」はヨーロッパとアジアの接点に位置するトルコにある世界遺産で、ローマ帝国、ビザンツ帝国、オスマン帝国と、3つの帝国の首都として繁栄した歴史が色濃く残っています。アジアとヨーロッパを分けるボスポラス海峡をまたぐイスタンブルですが、旧市街は海峡の西岸(ヨーロッパ側)で、 1609年~1616年にかけて建設されたモスク。ブルーモスクとして知られ、世界で最も美しいモスクとの評価もあります。観光客が入場可能な時刻は入口の表に記載されており、入場の際は服装や荷物をチェックを受けて、靴を脱いで内部に入ることになります。 ■ここがポイント! 壁、天井装飾の美しさ …